阿牧次郎著『戦国時代全年年表 織田・豊臣・徳川編』発売のお知らせ
阿牧次郎著『戦国時代全年年表 織田・豊臣・徳川編』の販売を開始しました。Amazonでペーパーバック版(税込¥1,000)と電子書籍版(税込¥700)、Apple BooksとGoogle Playブックスで電子書籍版(¥700)が購入可能です。応仁の乱以降の織田家、徳川(松平)家の動きから織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の3人の活躍に至る、応仁の乱から大坂夏の陣まで戦国時代の全ての年を記した歴史年表です。入門用として、また手元に置く便利な資料として、幅広くお使いいただけます。ぜひご利用下さい。
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大阪府大東市野崎観音慈眼寺訪問記
旧河内国野崎の周辺を舞台とした自著『河内の国飯盛山追想記』は、野崎観音として現在も親しまれている慈眼寺を、主人公の三好為三が訪れる設定になっています。もう一年半も前の事になってしまいますが、慈眼寺に『河内の国飯盛山追想記』を献本してきました。
大阪府大東市野崎にある曹洞宗のお寺である福聚山慈眼寺は、河内飯盛山の山裾に奈良時代の僧行基により開山。戦国時代に飯盛山にあった飯盛城で三好長慶が没した後、三好三人衆と松永久秀の対立による兵火で消失。江戸時代初期に青巖和尚によって再建が始められ、毎年5月1日~8日の法要は野崎参りとして江戸時代から現在までずっと賑わっています。近松門左衛門の『女殺油地獄』、お染久松で有名な『新版歌祭文』といった人形浄瑠璃・歌舞伎の舞台となり、さらにそれが戦前の歌謡曲、東海林太郎の『野崎小唄』で歌われたりしている有名なお寺です。詳しい話については、慈眼寺のホームページに出ています。
https://www.nozakikannon.or.jp/
慈眼寺で撮った写真はブログ掲載OKと御住職がおっしゃっておられたので、写真付でレポートしてみたいと思います。
5月初旬は野崎参りの期間でお忙しいので、事前に連絡を入れて五月の中旬に行ってきました。最寄り駅はJR学研都市線野崎駅。駅は最近改装されたらしく新しい駅舎になっていて、以前取材に来た時とは少し感じが違っていました。

駅前の橋を渡ると野崎参道商店街の入り口があります。広い道の両側にお店が並んでいて、飯盛山まで見通すことが出来ます。歩道が広くて歩きやすいですが、けっこう車が通りますので道を渡る時は注意が必要です。飯盛山を目指して東の方向へ進んでいくことになります。

野崎参道商店街を抜けると旧国道170号線に出ます。けっこう細い道で歩道のない場所があったりして、地元の人のように慣れた人でないと歩きにくいかも。野崎観音へは、信号を渡ってそのまま細い道へ入って直進です。

細い道を抜けると東高野街道に出ます。作品の中で三好為三の一行が通った道です。路面に赤みを帯びた色が付いていますので、分かりやすくなっています。昔は野原や田園風景といった感じだったのでしょうが、現在は住宅地の中の細い道になっています。街道の名がついていても昔の道は現在と比べると細い道が多く、案内板が無いと見過ごしてしまいそうな感じです。ここまで東向きに進んできましたので、向かって左右の方向が南北になります。直進すると野崎観音の西門に着きますが、まずは正面の山門を目指し、ここで右へ曲がって南方向へ進み、為三の一行と同じ道を歩いてみます。

先程の交差点のすぐ近くに東高野街道を示す表示があります。普通の道路なので車が通りますので注意が必要です。戦国時代は東に飯盛山、西に深野池という巨大な湖が見えていたかと思われますが、江戸時代の干拓事業で新田開発が行われて深野池がなくなり、風景がかなり変わったと思われます。現在は広範囲で住宅地になっていますので、時代とともに景色が歴史的に大きく変わっていった場所と言えるでしょう。

東高野街道を南へ進んでしばらく歩くと、左方向に正面口への道があるので左折します。江戸時代はもう少し南の方に船着き場があり、大坂の町から船で到着した野崎参りの人々が向かい側の方角から北向きに歩いてきて、この辺りで東へ向かったものと思われます。ここまで来ると、かなり山が近くなってきています。

上り坂を歩いていくと、野崎観音の正面に出ます。この日は暑かったのですが、意外に大回りになり、約束の時間に遅れそうになって急いでここまで来たので、なんだか少し疲れました。そこへ、最後に急な階段が待ち構えています。

急な階段を上りきった所に山門があります。ストーリーの中に三好為三が案内の青年久右衛門に足元に気を付けるようにと言う場面がありますが、戦国の兵火で焼け落ち荒れ果てたお寺の再建が始まったばかりの頃なので今のように整備されていなかっただろうなと思い、書き入れてみたシーンです。階段が無いと上るのが大変だろうと思われる場所です。

山門まで上ると、本堂への正面階段が見えてきます。トンネルのような山門をくぐって、野崎観音慈眼寺の内側に入ります。

広場の向こうに、本堂を中心に色々な建物が建っているのが見渡せます。五月の晴天に木々の緑がよく映えて非常に綺麗だったのが印象的でしたが、大阪府による「大阪みどりの百選」に「野崎観音の緑 大東市」が選定されていることを後で知りました。山門前の階段の下まで来た時、すでに周辺の緑が綺麗だったのを覚えています。

本堂前の階段を上がり、息切れしながら振り返って山門を見たところ。山門の横に休憩所が設けられているのは、普段お参りに来る人にとって便利かと思われますが、休んでいる時間はありません。早く御住職に挨拶しに行かなければ。

社務所で用件を伝えると御住職が出てこられ、無事に本をお渡しすることが出来ました。御住職が本堂の御本尊へお供えしてくれて、自分も焼香させて頂きました。

写真はご自由にと言って頂いたので撮らせてもらいましたが、後で確認したら一番大事な写真がまさかのピンボケ。スマホ撮りが上手くないのでもっと練習しなければと反省。ともかく本は予定通り献本することが出来ました。

献本を済ませた後、その辺りを散策してから帰ることにました。慈眼寺の境内にある名所として、婦人の病に効くと伝えられる江口の君堂、お染久松の塚といわれる供養塔などがあります。実際のお染、久松の墓は別々の場所にあるそうなので、ここにあるのは供養塔ということになります。

本堂と向かって左側にある三十三所観音堂との間に小道があり、野崎城址、飯盛山への道へと続いています。以前も登りましたが今回も野崎城址に寄って帰ることにします。

小道に入ると鐘楼があり、その先に野崎城址への道、飯盛山への登山口があります。

野崎城址への道の入り口に、飯盛城址が史跡に指定されたことを記念したのぼりが立っていました。飯盛城址までは距離があって行くのが大変なので、今回は飯盛城址までは行かずに野崎城址だけにしておきます。

けっこう急な山道で、階段が整備されていますが町中の階段とは違って山歩きの人向けで、今回履いてきた街歩き用の靴では歩きにくく、前回はスニーカーで足をくじきそうになりました。

途中に見晴らしのいい場所が何か所もあり、展望スペースになっています。

休憩所も何か所か設けられています。

野崎城址まで行く途中で一番見晴らしがよいと思われる場所は、展望休憩所と名がついています。

展望休憩所から見た大阪市内方面。ビルが立ち並んでいるのが見えますが、御堂筋の辺りでしょうか。ここからもう少し登ると野崎城址です。

野崎城の本丸跡まで上ると、野崎城址の碑と説明板があります。今回は野崎城址の碑の写真を撮るためにここまでやって来ました。というのも、前回来た時に取った写真を帰ってチェックしてみたら指が写り込んでいたので撮り直したいと思っていたから。あの時からスマホ撮りをけっこう練習したと思うのですが、本堂で撮った写真がピンボケになっていた通り、まだまだ修行が足りないようです。石碑については、今回きちんと撮れたようです。

散歩に来ていた近所の方に、本丸跡から万博記念公園方面を見ると空気の澄んでいる時には観覧車や太陽の塔が見える、などの情報を教えてもらったりしてしばらく景色を楽しんだ後、山を下りました。

慈眼寺の本堂裏まで戻ってきました。上から見ると、かなり急な坂になっていることがよく分かります。ここは既に飯盛山の一部なので、改めてここが山だということを思い出します。入り口付近でこれぐらい急ですから、さらに奥へ行くことになる飯盛城址はどんな感じなのでしょうか。ハイキングコースが整備されているそうですが、ある程度の装備は用意して行ったほうがいいかもしれません。

慈眼寺の広場まで戻って予定終了です。駅に近い西門から帰ることにします。

西門からの風景も良い眺めになっています。

西門を出て慈眼寺を後にしました。野崎駅からまっすぐ来た場合は、ここから入ることになります。

西門に続く階段も急なので、あまり楽な道ではありません。

慈眼寺を背に坂道を下ると東高野街道に出ます。そのまま行きに通ってきた細い道を通って野崎参道商店街へ戻ります。

駅まで戻って駅舎二階の窓から飯盛山の方を見ると、慈眼寺の西門が見えたので写真を撮ってみました。赤矢印で示した赤丸の内側に写っています。ついさっきまで息を切らせて歩いていた場所が遠くに見えるのを、なんだか名残惜しいような気分になって眺めていました。

JR野崎駅から大阪方面行きの各駅停車で帰ります。快速に乗る場合は一つ前の四條畷駅から乗るか、一つ先の住道駅で乗り換えることになります。また来ることがあるのかどうか分かりませんが、今は余韻に浸りながらゆっくり帰ることにしましょう。

大東市には何も無い、という話を聞いたりすることがありますが、野崎観音があると言ってもいいのではないでしょうか。駅から歩いて行ける山の上にある歴史上有名な慈眼寺は、今でも十分存在感があります。そんなお寺の辺りで戦国通史を語る情景を描いた本を、話の舞台となったお寺に献本してきた、というお話でした。今はもう12月になり、青葉の季節が一回りして紅葉の季節も終わってしまいましたが、また景色の良い季節になりましたら、皆様も一度参詣に行かれてみてはいかがでしょうか。
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『信長の野望 覇道』 プレイ記録ツイートまとめ シーズン11
コーエーテクモゲームスが運営するスマートフォン用MMO戦略シミュレーションゲーム『信長の野望 覇道』の、SNS投稿ボタンからTwitterに投稿したプレイ記録のまとめ。
シーズン11
#信長の野望 覇道、伊達家になったS11は1人一門を設立。連歌会で「薄にまじる蘆の一むら」という句に三好長慶が「古沼の浅きかたより野となりて」と句を付けた伝説から薄蘆庵と名付けて活動開始、直後に里へ敵が襲来。
— Jiro Amaki (@Amarchykun) June 2, 2025
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#信長の野望 覇道、1人一門で1週間ほど経ったが一門Lvはなかなか上がらず。今季終了までに城と交易可能になるかどうかという進み具合で、交易品はイベントで交換ということになりそう。砦の一つも取れれば良しとするか。
— Jiro Amaki (@Amarchykun) June 9, 2025
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#信長の野望 覇道、イベント千鬼賊征伐戦に1人で挑戦。千鬼賊巣窟福Lv10はクリア出来たが百鬼衆巣窟Lv15は制圧出来ず。一門Ptは5万を超えたぐらい、個人Ptは千を少し超えて、なんとかスタンプと交換することが出来た。
— Jiro Amaki (@Amarchykun) June 16, 2025
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#信長の野望 覇道、一門Lvが2になり砦が宣戦可能に。味方が前進した後の砦を取るのも申し訳ないかと思い、他大名領の中にある空き砦の砦領土に突入し制圧、三河の高城砦を攻略。すると今度はここが最前線ということか。
— Jiro Amaki (@Amarchykun) June 26, 2025
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#信長の野望 覇道、イベント存亡の関門第一期が終了、豊臣家と毛利家が滅亡、最終決戦は豊臣対徳川にならず。現在伊達家と徳川家が3位4位。所有する高城砦は第一期終了直前に敵勢力の大攻勢で遥か彼方の敵地の真ん中に。
— Jiro Amaki (@Amarchykun) June 30, 2025
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#信長の野望 覇道、一人城砦戦2回目で得た鹿沼砦も敵地に囲まれ破棄。技術開発では寄合所まで作ったものの一人一門では使い勝手が悪いような気がするので、しばらくは戦闘に関係する技術に絞った開発をしてみことに。
— Jiro Amaki (@Amarchykun) July 8, 2025
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#信長の野望 覇道、砦を取っては周囲を敵に塗り潰されて破棄を繰り返すうちに、敵の侵攻を防ぐには不戦時間に砦領土だけあればよいのではないかと思うようになった。拠点として砦は欲しいがなかなか後方地帯が無い状況。
— Jiro Amaki (@Amarchykun) July 22, 2025
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#信長の野望 覇道、A領土制圧可能な屋敷のLvを勘違いしたまま、マップのどこをどう埋めたらいいかずっと悩んでいるうちにS領土が制圧可能になり、今季初Sは加賀の医王山。1人一門でも屋敷Lvが上がるペースは同じ感じか。
— Jiro Amaki (@Amarchykun) July 30, 2025
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#信長の野望 覇道、どの領土を取っても味方の邪魔になってしまうマップ状況を見て、イン時間の都合をつけられないことから継続を断念し引退を決意。リアルタイムMMO戦略SLGの難しさか。お世話になった方々へ挨拶回り。
— Jiro Amaki (@Amarchykun) August 3, 2025
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引退となります 信長の野望 覇道 、このポストをもちまして全行動終了とさせて頂きます。敵味方を問わず、御一緒させて頂きました多くの皆様に感謝いたします。長い間本当にどうも有り難うございました。#信長の野望
— Jiro Amaki (@Amarchykun) August 4, 2025
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シーズン1開始以来関わった全ての人々に感謝。
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『信長の野望 覇道』 プレイ記録ツイートまとめ シーズン10
コーエーテクモゲームスが運営するスマートフォン用MMO戦略シミュレーションゲーム『信長の野望 覇道』の、SNS投稿ボタンからTwitterに投稿したプレイ記録のまとめ。
シーズン10
#信長の野望 覇道、運営がシーズン10の仕官先自動振り分けに協力してもらいたそうな様子だったので仕官先願いは出さずお任せにしたところ、サーバーW10-2の宇喜多家に。2鯖系の第六天魔王一門から招待連絡が入って加入。
— Jiro Amaki (@Amarchykun) March 3, 2025
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#信長の野望 覇道、早くから港を確保したうちの一門は続いて城も攻略。九州方面が安定したので瀬戸内海での活動が多くなった。海戦は岩礁伝いに行うことになるので位置取りと制圧目標選定に慣れるまで時間がかかりそう。
— Jiro Amaki (@Amarchykun) March 12, 2025
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#信長の野望 覇道、マップが大手一門同士の一進一退に見えていたところへ一門衆が固まる巣窟イベ開始。城兵奮起や城崩落も起きなかったので動きが無いかとも思ったが、取った領土が取られているので動きはあるらしい。
— Jiro Amaki (@Amarchykun) March 23, 2025
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#信長の野望 覇道、九州の陸上で一息と思った矢先に瀬戸内海で大海戦となり、しばらく海上で活動。屋敷強化用資源を調達出来ないのが悩みどころかと思ったが、海産物を資源と交換するシステムなのかとようやく気付く。
— Jiro Amaki (@Amarchykun) March 27, 2025
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#信長の野望 覇道、長宗我部と毛利の2勢力に攻め込まれた九州を一門1つでは支えきれず、うちの一門はマップの反対側に撤退、但馬の此隅山城に続き津居山港を制圧。海岸沿いはカニの名産地、甲殻の調達でもしようかな。
— Jiro Amaki (@Amarchykun) April 7, 2025
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#信長の野望 覇道、九州で調略を受け北但馬へ移動したうちの一門、但馬や因幡辺りの周辺地域で同じ敵と一進一退を継続。イベントしたり攻略威令を跳ね返したりといった日々だが、あまり他の地域に行くことが無くなった。
— Jiro Amaki (@Amarchykun) April 22, 2025
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信長の野望覇道で談合問題への対応として追加された、条件を満たす敵マスを味方マスに変更できる調略機能。個人的には効果的だったのを見たことが無い。談合の無い鯖の場合、場当たり的な攻防が発生し続けるだけで、戦略性を失う結果になるような気がする。#信長の野望 #信長覇道 #信長覇道目安箱
— Jiro Amaki (@Amarchykun) April 22, 2025
#信長の野望 覇道、GWに入ってから毛利家の大攻勢で此隅山城が陥落、うちの一門は主に石見や山陰沖に場所を移して反撃中。かと思えば里を四国の土佐まで飛ばされるところをみると、宇喜多家は各地で作戦行動中らしい。
— Jiro Amaki (@Amarchykun) May 6, 2025
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#信長の野望 覇道、今季も最終イベ天下争乱開始、ずっと活発に戦闘が行われているので変わった感じは無し。最終日近くだけアイテム消費のため大規模な戦闘になるシーズンが多いので期間が少し長いかも。#信長覇道目安箱
— Jiro Amaki (@Amarchykun) May 14, 2025
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#信長の野望 覇道、うちの一門は九州の大村城、小林城付近で複数大名家と交戦中。海上ではマップ西端の海で起きた大海戦に我が里も技術開発済の鉄甲船で参加、効果ありという印象。来季は多分陸上のみなのでいい経験に。
— Jiro Amaki (@Amarchykun) May 19, 2025
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#信長の野望 覇道、天下争乱イベが終わりS10の活動終了。最終結果は宇喜多家が1位、大名家内での勲功が一門4位個人100位。一門所有はB城大村城と港2つ。初めて里が総合力10万と戦Lv47に到達。かなり好成績なシーズンに。
— Jiro Amaki (@Amarchykun) May 27, 2025
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『信長の野望 覇道』 プレイ記録ツイートまとめ シーズン9
コーエーテクモゲームスが運営するスマートフォン用MMO戦略シミュレーションゲーム『信長の野望 覇道』の、SNS投稿ボタンからTwitterに投稿したプレイ記録のまとめ。
シーズン9
#信長の野望 覇道、シーズン9はサーバーW9-3長宗我部家で始めたとたんに里を焼き飛ばされ、史実の長宗我部元親みたいに毛利家に「おのれ…」となる。事前に砂希たそ。 @saki_tommy 当主に誘われていた☆HYP☆一門に合流。
— Jiro Amaki (@Amarchykun) December 2, 2024
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#信長の野望 覇道、今季からマップに港と海の領土が追加され、うちの一門も何度か失敗を繰り返した後港の制圧に成功。我が里も領土確保と海産物の調達を何度か行ったが強力な敵勢力に奪われ、現在陸で苦戦中。#信長覇道
— Jiro Amaki (@Amarchykun) December 10, 2024
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#信長の野望 覇道、SSR上杉謙信(毘沙門天)が星4に到達、秘伝鉄砲の教えを習得し公式生放送で聞いた鉄砲謙信の運用を開始。全部隊が騎馬と鉄砲に切り替え可能となり、信長の野望で昔から定番の騎馬鉄砲っぽくなった。
— Jiro Amaki (@Amarchykun) December 17, 2024
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#信長の野望 覇道、序盤で勢力関係が決してしまい最下位の長宗我部家。こうなれば上位大名にとってどれだけウザい存在になれるかのプレーになるのはいつも通り。大名家支援を有効に使いあちこち荒らして回る年末年始に。
— Jiro Amaki (@Amarchykun) January 4, 2025
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#信長の野望 覇道、たまに淡路島の大名地に飛ばされたりするのはどういう仕様かと思ったりしつつ九州内を転々としている状態。大名家支援で移転令消費数は少なくて済むが不足気味、軍令書と待機兵士は意外と余り気味。
— Jiro Amaki (@Amarchykun) January 19, 2025
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#信長の野望 覇道、早いもので今季最終イベ天下争乱が開始したが、今季の長宗我部家は最初から争乱状態みたいだったので普段と同様の光景。交易は鉄甲船の開発段階まで進ことが出来た。海へ出られないので使い所はないが。
— Jiro Amaki (@Amarchykun) February 12, 2025
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#信長の野望 覇道、天下争乱期間に入ってようやく4部隊で母衣が使用可能に。織田信長隊の兵装解放が最後になったが、鉄砲の火力が一番大きい伊達政宗隊は鉄砲優先になるので、来季からは信長隊を先にした方がいいかな。
— Jiro Amaki (@Amarchykun) February 17, 2025
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#信長の野望 覇道、天下争乱イベが終わり軍事行動終了。うちの一門は前日に攻略した八上城の隣接領土最後の1つを当主が0時直前に奪還し、城所有の状態で今季を締め括った。残念ながら長宗我部家は最下位という最終順位。
— Jiro Amaki (@Amarchykun) February 24, 2025
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『信長の野望 覇道』 プレイ記録ツイートまとめ シーズン8
コーエーテクモゲームスが運営するスマートフォン用MMO戦略シミュレーションゲーム『信長の野望 覇道』の、SNS投稿ボタンからTwitterに投稿したプレイ記録のまとめ。
シーズン8
#信長の野望 覇道、メンテ延長で開始が遅れたシーズン8の抽選結果は第1希望通りとなり今季はサーバーW8-5真田家に。開始して程無く月見日和一門からの招待が入り久しぶりに18鯖系の一門に加入。敵が活発で最初から多忙。
— Jiro Amaki (@Amarchykun) September 2, 2024
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#信長の野望 覇道、シーズン開始の7日祭も何度かやるうちに早めに済ませることが出来るように。では前線へと思ったが敵の強力な里も強化済みで、ふっ、また出過ぎたか、という上杉謙信のセリフのような壊滅状態に。
— Jiro Amaki (@Amarchykun) September 9, 2024
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#信長の野望 覇道、伊豆から始めて近畿方面へ活動拠点を移した我が一門、さらに中部から東海地方へ移動。我が里では武田信玄隊が鉄砲で運用可能となり、足軽隊並みの機動力があり乱戦で敵を撃破したりとまずまずの活躍。
— Jiro Amaki (@Amarchykun) September 20, 2024
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#信長の野望 覇道、うちの一門は東海地方から押し出され長篠城を確保。その後我が里では武田鉄砲隊が敵部隊撃破数を稼ぐという長篠の合戦と逆の光景が見られたりしたが、敵大手一門との攻城戦に敗北し一門散り散りに。
— Jiro Amaki (@Amarchykun) September 30, 2024
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#信長の野望 覇道、二俣城周辺で敵と激しく争っているうちに、味方の大手一門が転戦してきて押し戻してくれたので、うちの一門が長篠城を再び確保したところで豪商来訪。消耗したリソース回復出来るので好きなイベント。
— Jiro Amaki (@Amarchykun) October 10, 2024
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#信長の野望 覇道、防衛戦協力のため近畿の石山御坊、甲信の高遠城、躑躅ヶ崎館と各地を転戦。減った自領移転令を10枚まとめ買いしステップ2になったのを忘れ後で買い足しをして小判不足に。欄を別にしてもらえないかな…
— Jiro Amaki (@Amarchykun) October 15, 2024
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#信長の野望 覇道、寄合所・改を開発出来る屋敷Lv20まであと1になったが、いつも通り大量の資源が必要に。調達イベントが始まったのでマップ中央付近で資源確保、と思っていたが石山御坊周辺が騒がしくなったのは調略か?
— Jiro Amaki (@Amarchykun) October 24, 2024
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#信長の野望 覇道、一門グループの本家で当主交代の必要が出来たとかでうちの当主が新当主として転出。当主行方不明を何度か経験しているが今回は栄転だな、とか思っているうちに敵の急襲で本拠にしていた長篠城が落城。
— Jiro Amaki (@Amarchykun) November 1, 2024
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#信長の野望 覇道、郡上八幡城を追い出されたうちの一門は雑賀城へ移転。三好家だったシーズンに果たせなかった目標の城を拠点に石山御坊や高槻城の応援へ。懐かしい地域だなとか思っていたら岡崎城へ出張することに。
— Jiro Amaki (@Amarchykun) November 12, 2024
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#信長の野望 覇道、今季の天下争乱イベが開始。開始初日に敵の強力な里と部隊戦闘になってしまい、米と兵糧箱を大量消費。とはいうものの、敵勢力との一進一退は今季序盤からずっとなので、普段通りに活動している感覚。
— Jiro Amaki (@Amarchykun) November 18, 2024
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#信長の野望 覇道、本拠の雑賀城周辺で敵勢力が見られなくなった天下争乱最終日、うちの一門は小田原城を攻略。その後なぜか躑躅ヶ崎館周辺で大バトルが起き、参加しているうちにイベント期間終了で今季の軍事行動終結。
— Jiro Amaki (@Amarchykun) November 24, 2024
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#信長の野望 覇道、うちの一門はB城雑賀城を保有し真田昌幸所縁の紀州九度山付近を勢力下に置いた状態で今季終了。真田家は2位でなかなかの結果。作品の舞台である野崎観音を我が里が保有した状態での嬉しい終わり方。
— Jiro Amaki (@Amarchykun) November 26, 2024
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