阿牧次郎のBlog

阿牧次郎の作品紹介など。

三好長慶や織田信長の再評価と、いわゆる最新の研究成果に関する問題点

 歴史の話が語られる時、よく何々説は古い、何々とするのが新しい説だという話が出る。しかし、新しいことが直ちに正しいということにはならないので、新説が妥当なのかどうかは検討を要するところである。新しいとされる説の一つに、全国に守護・地頭を置いたことを理由に鎌倉幕府の成立が1185年であるというものがある。しかし、鎌倉幕府の成立は1192年にすべきである、というのは自分が昔そう習ったからという理由からではなく、中世史の分野で行われた或る論争が根拠で、「河内の国飯盛山追想記」に登場させた「堺公方府」に関わる話がある。1970年代に今谷明氏が室町時代の戦国期に発給された文書の一部が足利義維勢力によるものであることを発見し、堺に幕府が存在したとする、いわゆる「今谷明の堺幕府論」を提唱した。その後の論争で、征夷大将軍となった者の政権でなければ幕府とは呼べないとされた。就任していない義維の政権は幕府ではないことになったが、実質的に幕府として活動していたことは認められるので、堺に何らかの政権が成立していたことは確認された。新説は論争を経て完全な否定はされずに発展することもあり、今谷氏の説は、形を変えてその後の学術研究に影響を及ぼすことになった。中世史において将軍による政府でなければ幕府ではないとされた以上、鎌倉幕府の成立は源頼朝が将軍となった1192年とされるべきであろう。ちなみに、1185年説よりも堺幕府の論争の方が、新しい、はずである。

 新しいとされる学説或いは最新の研究成果とされるもののうち、「河内の国飯盛山追想記」で採用しなかったものに、従来悪人とされてきた日野富子の再評価というのがある。これに関しては、従来とは違う評価が示された新史料が出てきたということもなく、一般読者向けの本に史料に基づかない長い理屈が書いてある話と言ってよい。そもそも日野富子の人物像といったことはイメージの話であって、学術的な議論をする程の事なのかという問題もある。悪人であるという根拠となる代表的な史料の例としては、大日本史料の文明9年7月是月1条に挙げられている、大乗院寺社雑事記七月廿九日の記述がある。大日本史料データベースの該当ページはこちら。

https://clioimg.hi.u-tokyo.ac.jp/viewer/view/idata/850/8500/02/0809/0667?m=all&s=0667

 これを始めとする多くの史料に基づいて、本当にろくでもない人物、という表現は学術的ではないので、日本三大悪女の一人という評価がなされてきたと表現しておけばよいか。いずれにしても、根拠となる新史料が学術論文の形で提示されることもなく、一般人向けの本に主張だけが書かれているという話は、研究成果と呼べるかどうか疑問であり、私自身は賛成することが出来ない。

 再評価という動きに関しては、最近は織田信長の再評価というのが最近流行しているようで、革新的とされてきた信長が実は保守的だったとの主張がある。しかし話の出発点が、「天下」という言葉が信長の時期には五畿内を指していた、という説で、これについての問題点は以前の記事で指摘した。

「天下」の範囲を五畿内に限定する説を採用しなかったことについて - 阿牧次郎のBlog

 学術的には説を採用するかしないかの動きにとどまり、反対者から反論が出る様子もなく、賛成者は検討を加えずに結論だけ書き写しているといった様子になっている。事の始まりは学術論文だが、新書で紹介されて一般読者の間に広がったという経緯があるためか、学術的に論争するのが面倒といった雰囲気があるのではないか。

 ここまで、新しい説を否定してばり新装版だが、三好長慶に関して、「河内の国飯盛山追想記」で描かれる長慶像は、従来の「下剋上の梟雄」像ではなく、最近の研究によって明らかにされた三好長慶の再評価に従ったものではないか、との指摘があろうかと思われる。しかし、私が描いた長慶像は、参考文献に挙げておいたが、吉川弘文館人物叢書の長江正一氏による「三好長慶」の、次の記述が元になっている。

p1はしがき「この書は、長慶が、京摂という有利な舞台で、自己を主張しながら、相手の権威を尊重し伝統を護持して、衰頽の極に達している将軍・管領保全に努め、中世から近世への転換期の世に、花々しく活動して指導的役割をはたしたが、壮年で波瀾に満ちた生涯を閉じたことを述べたものである。」

p136本文「時代はまだ久秀・信長の如く殺伐でなかったとも見られるが、下克上の標本のようにいわれる長慶は、自己の権益を主張する以外は、案外、伝統を尊重した律義者であった、といえる。」

 私の手元にあるのは新装版だが、第一版第一刷の発行は1968年(昭和四十三)となっている。今谷明氏も参考にしたというこの本にあるように、昭和に書かれた内容が現代でも通用するという例もある。他の部分で修正が必要な点があることを、否定出来ないこともまた事実ではあるが、一々新しい説を唱える必要の無い場合もあるということを一言付け加えておきたいと思う。

 

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